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福岡高等裁判所 昭和32年(ネ)141号 判決 1958年10月17日

控訴人 被告 帯刀顕 外一名

訴訟代理人 三原道也 外一名

被控訴人 原告 有限会社別府鉄工所 代表取締役 篠原秀一

訴訟代理人 加藤虎之丞

主文

原判決を次のとおり変更する。

控訴人帯刀顕は被控訴人に対し金二〇万円及びこれに対する昭和三一年三月一一日より右完済まで年六分の割合による金員を支払わなければならない。

被控訴人の控訴人帯刀顕に対するその余の請求竝に控訴人帯刀昭二に対する請求を棄却する。

控訴人帯刀顕の反訴請求を棄却する。

訴訟費用中、被控訴人と控訴人帯刀顕との間に生じた分は本訴竝に反訴を通じ第一、二審とも同控訴人の負担とし、被控訴人と控訴人帯刀昭二との間に生じた分は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す、被控訴人の請求を棄却する、被控訴人は控訴人顕に対し原判決添付目録記載の約束手形を返還せよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述竝に証拠の提出認否は、被控訴代理人において、被控訴人は控訴人帯刀顕に対し昭和二六年八月二日より同月二一日までの間に七島藺分割機合計七六台を代金五五九、〇〇〇円で売渡し、その頃内金二九八、〇〇〇円の支払を受けたが、残金二六一、〇〇〇円の支払がなかつたので、双方交渉の末昭和二六年九月三日右残金の内金二〇万円の支払方法として被控訴人は控訴人顕から本件二通の約束手形の振出交付を受けたものである。仮に本件二通の手形につきいずれも時効中断の事実が認められず、控訴人等の手形債務は時効により消滅したものとすれば、被控訴人は手形法八五条に基き利得償還請求権を主張して手形振出人たる控訴人顕に対し金二〇万円の支払を求める。すなわち控訴人顕は本件二通の手形を振出したことにより、前記七島藺分割機代金二〇万円の支払義務を免れたのであるから、手形振出の対価として現実に金二〇万円の財産上の利益を得ているのである。そこで本件二通の手形債権が時効により消滅したとすれば、控訴人顕は右利得金二〇万円を被控訴人に償還すべき義務あるものであると述べ、控訴代理人において、右利得償還請求権に関する被控訴人の主張事実を否認し、証拠として新たに被控訴代理人は甲第五号証の一乃至四を提出し、当審証人篠原信夫(第一回)、同秋吉亮吉(第一回)、の各証言を援用し乙第二四号証の一、二の成立を認め、控訴代理人は乙第二四号証の一、二を提出し、当審証人帯刀一(第一、二回)、同帯刀キヨ、同平野工正、同有永寿鼎己、同萱島豊信、同塚本賢治の各証言竝に当審における控訴人顕本人尋問(第一回)の結果を援用し、甲第五号証の一乃至四の成立を認めた外、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

当裁判所は職権をもつて証人篠原信夫(第二回)、同秋吉亮吉(第二回)竝に控訴人顕本人(第二回)を尋問した。

理由

控訴人顕が昭和二六年九月三日に(一)金額一〇万円、満期昭和二六年一〇月三〇日、振出地及び支払地大分県東国東郡上国崎村、振出日昭和二六年九月三日、受取人被控訴会社、(二)金額一〇万円、満期昭和二六年一一月一〇日、その他の手形要件は(一)に同じ、なる約束手形合計二通を振出し、控訴人昭二が右二通の約束手形にそれぞれ振出人のため手形保証をしたことは当事者間に争なく、附箋部分を除き各成立に争のない甲第一、二号証約束手形竝に該手形が現に被控訴人の手裡に存する事実に徴すれば、被控訴人は右各約束手形の正当な所持人であることを認めることができる。

控訴人等は、昭和二六年七月頃控訴人顕の発明に係る二豊式七島藺分割機の製作を被控訴会社に注文し、合計五四台を製作させたが、その代金二七四、〇〇〇円及び改装費八九、〇〇〇円は全部支払済であり、他に被控訴会社に対し本件手形振出の原因となるべき債務負担の事実はなく、本件二通の手形は被控訴会社の懇請により、同会社をして他から資金の融通を得させるため融通手形として振出したものであるから、被控訴会社に対し手形金支払の義務はないと主張するけれども、その点に関する原審証人高島良一、当審証人帯刀一(第一、二回)、同帯刀キヨの各証言竝に原審における控訴人昭二、原審竝に当審における控訴人顕(当審は第一、二回)各本人の供述は、原審竝に当審(第一、二回)証人篠原信夫、同秋吉亮吉、原審証人佐藤孝、同篠原光の各証言、原審における被控訴会社代表者本人の供述竝に右篠原信夫、秋吉亮吉両証人の証言に徴し成立を認め得る甲第三号証の二に照らし未だ容易に措信し難く、他に控訴人等の右抗弁事実を確認せしむるに足る証拠はない。かえつて右反証として挙示した各証拠を総合すれば、被控訴会社は昭和二六年八月頃控訴人顕の注文により七島藺分割機合計七〇数台を製作してこれを同控訴人に売渡したが、その代金中二〇数万円の未払を生じたので、これが支払のため同控訴人から本件二通の約束手形の振出交付を受けたものであることが認められる。よつて控訴人等の右抗弁は採用し難い。

次に控訴人等の消滅時効の抗弁について判断する。本件二通の手形の各満期から本訴提起の日である昭和三一年三月六日まで手形法所定の時効期間である三年以上を経過していることは明らかである。

しかしながら原審竝に当審証人篠原信夫、同秋吉亮吉の各証言及び原審における被控訴会社代表者本人の供述を総合すれば、被控訴会社は本件各手形の満期後控訴人顕に対し度々手形金の支払を催告し殊に昭和二八年五月頃同控訴人が被控訴会社に再度機械製作の依頼に来た際、被控訴会社の専務取締役篠原信夫は厳しく本件各手形金の支払を求めたところ、同控訴人は右手形債務を承認した上、同年秋頃七島藺の収獲時になれば金員調達ができるから、それまで弁済を猶予して貰いたい旨を申入れた事実を認めることができる。右認定に反する原審竝に当審における控訴人顕本人の供述は措信できない。さすれば右債務承認により本件各手形の振出人たる控訴人顕に対する関係においては被控訴人の手形債権は消滅時効が中断し、その時から本訴提起の日まで三年の期間を経過していないこと明らかであるから、控訴人顕の時効の抗弁は採用し難い。

しかしながら本件各手形の手形保証人である控訴人昭二に対する関係においては、時効中断の事由につき被控訴人は何らの主張立証をもしない。約束手形上の債権については手形法七七条七一条により時効の中断はその中断事由が生じた者に対してのみ効力を生ずるのであり、手形行為の特性から手形保証については民法四五七条の適用が排除され、主債務者に対する時効中断は直ちに手形保証人に対し効力を生ずるものでないと解するを相当とする。そこで控訴人昭二に対する被控訴人の本件各手形上の請求権は前記各満期の日から三年の経過により時効が完成し、既に消滅したものとなさなければならない。

被控訴人は昭和二六年一一月二六日に本件各手形を各支払場所に呈示したと主張するけれども、前記甲第一、二号証によれば、両手形とも支払場所として支払地と同じく「上国崎村」なる記載があるのみであり、支払地内の特定の場所または第三者方を表示したものではないから、本件各手形は右支払地内の控訴人顕の住所または営業所においてこれを呈示すべきものであるに拘らず、本件においては各手形の満期から本訴提起までの間に右呈示がなされた事実は認められない。そこで本件手形については本件訴状が控訴人顕に送達されたことにより始めて同控訴人は履行遅滞の責を負うに至つたものというべく、右送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和三一年三月一一日以降年六分の遅延損害金の支払義務あるものとなさなければならない。

控訴人顕の反訴請求は、本件各手形が融通手形であり、満期後被控訴人から返還を受ける約束があつたことを前提とするものであるから、右前提事実が認められない以上、該請求の失当であることは明らかである。

よつて被控訴人の本訴請求は、爾余の争点に対する判断を待つまでもなく、控訴人顕に対し金二〇万円及びこれに対する昭和三一年三月一一日以降年六分の金員支払を求める限度において正当として認容し、同控訴人に対するその余の請求竝に控訴人昭二に対する請求は失当として棄却し、又控訴人顕の反訴請求も失当として棄却すべく、原判決中右と異る部分は不当であるからこれを変更することとし、民訴三八六条九六条八九条九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹下利之右衛門 裁判官 小西信三 裁判官 岩永金次郎)

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